ぷらぷらぷるぷる垂れ流し

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思いついたことを垂れ流します

ステルスマーケティング、気にしない

IPアドレスから(対象商品を扱う)企業(の社員)による書き込みだと特定出来た場合等、実際にステルスマーケティングが行われていたという確たる証拠があるならいざ知らず、何の証拠もなくとりあえず「ステマ」だと連呼するのはどうかと思います。
ステマ」が行われていない証拠がない、と指摘されれば同意する他ありませんが、そもそもどのようにすれば行われていないと証明出来るのかという話です。

行われていることを示すには1つでも具体的な証拠があれば良いのに対し、行われていないことを示すには1つでは足りません。
それどころか対象への全てのポジティブな意見について調べなければならず、仮に話題になる以前だとか線引きしたところで膨大な量の調査対象があるため、依然として大変です。

まず証明が不可能なので「ステマ」が行われていないとは言えませんが、証明出来ないからといって「ステマ」されたとも言えず、分からないというのが正直なところだと思います。

とはいえ、「ステマ」が行われている可能性自体は全ての商品に存在している気がしないでもないです。

ステマ」を行う価値がないと思われるものであっても、その売上で収入が変動する人がいるならば、ダメ元で行っていないとは言い切れません。
何せ、大規模な宣伝とは異なり時間さえあれば、人手もお金も少なくて済むというのも「ステマ」の利点のはず。
(ブログやSNSで書き込むだけなら、時間にしても数分で足ります)

何にしても、「ステマ」に効果の有無は関係ないという部分が抜けているっぽいのが個人的には引っ掛かります。
ステマ」が行われていると仮定して、それが成功し対象が話題になって売上が伸びても、失敗して話題にもならず売上も低迷していようとも、どちらも「ステマ」が行われたという点に関しては同じ。
それなのに、成功した方についてのみ「ステマ」だと指摘するのは訳が分からないです。

そうなると、実際に「ステマ」が行われているかどうかは関心がなく、単に流行りものに対して「ステマ」とレッテル貼って批判したいだけ、ってレッテルを貼られても仕方ないと思います。
ですから「ステマ」と言うだけではなく、「ステマ」が成功しただけだと言うべきではないでしょうか。

それも「ステマ」の証拠がない状態ならば不十分なので、どうせ「ステマ」で成功しただけだと言う方がより良いかもしれないです。

他にも、証拠もないまま「ステマ」とレッテル貼りする行為が、ライバル企業による「ステマ」的ネガティブキャンペーンである可能性まで考え出すとキリがありません。

やはり自分は、これまで通り己の感覚だけ信じる方針でいこうと思いました。