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思いついたことを垂れ流します

『響け!ユーフォニアム2』「第九回 ひびけ!ユーフォニアム」を見た

サブタイトルがタイトルと同じです。
(原作でもあすかの家に行く話が収録されている章は『響け! ユーフォニアム』という題でした)

勘違いかも知れないですが、今回はいつも以上に脚を映したカットが多いように感じました。
脚(の動き)で登場人物の感情を表現するって凄いと思いますし、無意味だとか不必要だとかは思いません。
ですが、ああも多用されるとちょっと食傷気味にもなります。

それに自分の見方が問題なのか、今回は感情表現がオマケになっているように見えました。
(仮にそうだとしても悪いわけではないですし、フェティッシュな描写にも価値や意味はありますが)

何にしても連発されれば新鮮味は薄れますから、ここぞという場面で使ってほしいってだけです。

ここぞという(フェティッシュな)場面が今回の話の中に存在しないならば、こんな意味不明で変態チックな主張なんてしません。

ではここぞという(フェティッシュな)場面はどこなのか?

靴紐を結ぶ香織先輩の太ももがアップになった瞬間です。
「紺色のスカートから香織の柔らかな太ももがさらされた」っていう原作の一文から滲む仄かなエロスが、スカートの色はともかく完全再現されていると感じました。

だからこそ、残念でした。

その場面に注目するあまり脚の映りを意識し過ぎ、多いと思い込んだ可能性は否定出来ませんが……。

それと、靴紐を結ぶシーンの前後が微妙に不満だったからというのも、無関係ではないかも知れません。

何でセンターが香織先輩じゃないのか!

久美子とあすかの間に割り込んでから靴紐結ばないと、(あすかの)態度の冷たさというか(あすかと香織の)互いの温度差みたいなものが生きてこないと思います。

しかもあろうことか階段の手すりまでもが邪魔を!

あの映像で距離感を表現したのだ、とか好意的に捉えられなくもないですが、(香織の)あすかへの執着心みたいなものが確実に減って(いるように)見えました。
にも関わらず、(靴紐を結んでもらっている間の)無感情に見えるあすかの描写は変更されていません。

あすかの心が原作以上に読めなさすぎて、自分には不可解どころか不気味でさえありました。
あれはいっそ削るか、せめてもう少しマイルドに見えるようにして欲しかったです。

あとは、あすかの家が想像より立派だったことも不満に思いました。

1本や2本じゃない数の庭木が植えられた庭には小振りとはいえ石灯籠まで、さらには欄間が単純な格子じゃないなんて、どう考えても原作にある「ごく普通の一軒家」ではありません。
(いうて京都やとあれで普通、とか?)

原作が漫画ではなく小説、挿し絵もないとなれば頭の中にあるのは勝手に作り上げたイメージに過ぎません。
イメージと違うのは珍しくないですし、違ったって全然良いんですけど、質素すぎる暮らしの中にユーフォニアムがあるという、異質さや存在感が好きだったので寂しかったです。

(原作と異なり)部屋にパソコンなどがあることに関しては別に気にならなかった時点で、わがままみたいなものだという自覚はあります。
ですが、久美子と話している途中で足くずして胡座かくあすかを見ても、気分が晴れなかったのだから仕方ありません。


文句垂れまくりな理由は緑輝が登場した時間の短さと台詞の少なさにも原因があったりするのかも知れないです。


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